調味料・食品大手として知られる味の素(2802)が、実は半導体パッケージ向け絶縁材料で報道によれば世界シェア95%超という、食品事業からは想像しにくい独占的な地位を持っていることが近年注目を集めています。今回は、この「意外な稼ぎ頭」であるABF(味の素ビルドアップフィルム)の成り立ちと、業績・株価への影響を整理します。
ABFとは何か・開発の経緯
ABF(Ajinomoto Build-up Film)は、半導体パッケージ内の配線層を絶縁するためのフィルム状材料です。開発の背景には、同社が1970年代からアミノ酸やうま味調味料の製造・合成技術を研究する中で蓄積してきた、絶縁性の高い「エポキシ樹脂」の硬化剤に関する知見がありました。素材そのものを売るのではなく「絶縁する」「熱に耐える」といった機能を設計・提供するという同社の「機能設計」の発想が、化学高分子の分野でも活かされた格好です。1990年代、パソコンのCPU等の高性能化に伴って配線を細かくしても絶縁性を保つ必要性が高まる中、従来の液体樹脂ではなく扱いやすいフィルム状の絶縁材料として、1999年に世界で初めて製品化されました。
なぜ独占状態を維持できるのか
ABFは、CPU向けを中心に世界の主要な半導体パッケージ用層間絶縁材でほぼ独占的なシェアを握っているとされています。この状態が長期間維持されている背景には、高いスイッチングコストがあります。半導体メーカーは製造不良やリスクを極端に嫌うため、一度実績ができて業界標準(デファクトスタンダード)となったABFから、他の材料へ簡単に乗り換えることができません。こうした「強みの持続性」を評価する視点(参入障壁・スイッチングコスト・技術革新リスク等)については、強みの持続性をどう見るか(valuation.trgy.co.jp)もあわせてご参照ください。生成AI向け半導体やデータセンター用サーバーの需要拡大に伴い、ABFは同社にとって「なくてはならない基盤材料」として高収益を支える存在になっているとされています。
業績への貢献度
味の素の2026年3月期決算では、純利益は1,346億円と前期比+91.6%となり、3期ぶりの過去最高益を更新しました。ただし、この増益には本社ビル売却益406億円という一時的な利益が含まれており、事業自体の実力を見る際にはこの点を差し引いて考える必要があります。事業面では、ABFを含む「ファンクショナルマテリアルズ」(ヘルスケア等セグメント内)の事業利益が前期456億円から662億円へ+45%となり、生成AI向け需要の拡大を追い風に、電子材料事業が同社の新たな成長エンジンとしての存在感を強めています。会社側は次期の同事業利益を800億円(+21%)と見込んでおり、2025年には味の素ファインテクノ群馬工場にABFワニスの新工場も完工しています。
アクティビストファンドの動き
2026年3月31日、英国の投資ファンド、パリサー・キャピタルが味の素の主要株主に加わり、企業価値向上プランを公表したと報じられました。同ファンドは、味の素を「収益化が最も遅れているAIインフラの独占者」と位置づけ、ABFの価格を30%以上引き上げることなどを提案し、実現すれば株主価値に70%超の上振れ余地があると主張しているとされます(あくまで同ファンドの試算・提案であり、実現を保証するものではありません)。こうしたアクティビストの動きは、ABFという事業の潜在的な価値が市場で改めて注目されるきっかけになっていますが、提案が実際に経営に採用され、価格改定等が実現するかどうかは別の問題である点には留意が必要です。
株価の推移
味の素株は、2026年1月8日に年初来安値3,270円をつけた後、ABFの好調や上記のアクティビストの動きも材料に上昇し、5月12日には年初来高値5,739円をつけました。その後は伸び悩む場面もあり、2026年9月18日の終値は前日比▲49円(▲0.99%)の4,904円となっています。
留意すべきリスク要因
今回のテーマには、好材料だけでなく留意すべき点も複数あります。第一に、2026年3月期の純利益+91.6%という数字には本社ビル売却益が含まれており、電子材料事業の実力を示す事業利益の伸び(+45%)とは分けて見る必要があります。第二に、パリサー・キャピタルが提案する30%以上の価格引き上げは、あくまでアクティビスト側の要求であり、実現が確約されたものではありません。半導体メーカーとの関係を踏まえると、急激な値上げには顧客離れのリスクも伴い得ます。第三に、現在ほぼ独占的な地位にあるABFも、将来的に代替材料や新たな絶縁技術が登場すれば、優位性が変化する可能性はゼロではありません。株価水準についても、PER(株価収益率)は34倍程度とされ、AI関連テーマとしての期待が相応に織り込まれた水準にあるとみられます。PERの考え方についてはPER(株価収益率)とは(valuation.trgy.co.jp)もご参照ください。
まとめ
味の素は、アミノ酸研究から生まれた技術を応用し、半導体パッケージ向け絶縁材料ABFで世界シェア95%超という独占的な地位を長年にわたり維持してきました。生成AI向け需要の拡大を背景に電子材料事業の収益貢献は着実に高まっており、英アクティビストファンドの参入も話題を呼んでいます。一方で、直近決算の大幅増益には一時的な利益が含まれる点、アクティビストの提案が実現する保証はない点、株価にはAIテーマとしての期待も相応に織り込まれている点には留意が必要です。今後の決算や、ABF事業を巡る動向を継続的に確認していくことが大切です。






























